雄島祭2017

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雄島祭

昨日は雄島祭に行ってきました。

僕の地元ではありませんが、同じ街の地区の祭りです。

雄島祭りについて

式内大湊神社は、雄島に鎮座されたのが白雉年間と伝えられており、今から約1350年前のことです。三国町で最も古い頃の出来ごとであったといえるのです。
大湊神社は、別名「雄島様」と呼ばれているのは、安島岬にある神島で、越前における最も突出した地の利に位置し、姿の美しい雄島を神聖な神島として、この周辺の人々から崇められ、「御島」とも呼ばれ、信仰されてたからです。この「御島」・「お島」が、後世「雄島」と呼ばれるようになったのです。
雄島は、この周辺の海で生活する人々の信仰の拠点として古くは6・7世紀頃にすでに存在したのです。そして航海安全と豊漁の神様として崇められてきたのです。
4月20日前後になると以前は、イワシなどを追ってクジラが雄島近海に来て、豊漁を漁民に知らせて下さったので、その頃に大湊神社の春季例大祭を斎行してきたのです。春から夏、秋、冬の日本海の海産物に恵まれますように祈願する海の祭礼であるのです。同時に海での事故もなく、健康でありますようにと祈るのです。
それで4月20日は、氏子の方々が、雄島に鎮座する大湊神社の本社を拝み、陸ノ宮(あげの宮)で祭礼を行い、神輿を担ぎ、神賑いをして、雄島の海の神様を一日中楽しませてサービスするのです。この祭りのことを「雄島祭」と呼んで毎年当社の最大の行事として奉仕してきたのです。即ち当社は、日本海、即ちこの周辺の母なる海の神様があたえて下さる海の幸に深く感謝し、同時に航海安全と豊漁を併せて祈願する祭礼が、雄島祭であるのです。

大湊神社ホームページより

知り合いや友人もたくさんいるので毎年見に行ってます。

この祭りは北陸三代祭りの一つである三国祭よりも歴史があるので、地区の祭りなのに毎年たくさんの人で賑わいます。新聞にも毎年取り上げられています。

見どころが3つあります。

一つ目はお昼頃に東尋坊で海に出た女神輿と、東尋坊の陸側から男神輿が対面します。逢瀬と呼ばれていますが、海の状態によっては女神輿が海に出れないので男神輿だけになります。今年もそうでした。なかなか見れません。

二つ目は雄島から神輿が戻ってきた後、はお菓子撒きがあります。
大量のお菓子が撒かれると、子供だけではなく大人も手に入れるのに必死です。

事情により写真は撮ってません。お菓子拾ってたわけじゃ無いですよ。

三つ目はこの祭りの一番の見どころ、神輿を担いで港内を渡ります。

この写真の右側から左の突堤に向かって進んで行きます。

見ていると大した距離ではなさそうですが、入水するときっと遠く感じるはず。何より、絶対寒いです。陸に上がってきたところで火を焚いているので、振舞われる豚汁を食べながら温まります。

この後も夜暗くなるまで神輿は練り歩き、境内でしばらく担いでから納めて終わります。

地区の皆さん、寒い中長い時間本当にお疲れ様でした。

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